熱狂的野球ファンが綴る!ベースボールの魅力

ザ・パイオニア!野茂英雄投手の功績

野茂英雄投手は1995年、近鉄を任意引退という形で退団し、
大リーグのドジャースに入団しました。当時は日本人選手が活躍した歴史もなく、
活躍できるかどうかには大きな疑問符がつけられていました。
ドジャースへの移籍も最初はマイナー契約だったそうです。

 

当時のメジャーリーグは、
前年にストライキを敢行したこともあって人気が低迷していました。
そこに日本から変わった投げ方をする投手が表れて、
体の大きな打者相手にバッサバッサと三振を奪っていくわけですから、
その姿に衝撃を受けたファンたちが、
再び球場に戻ってきました。

 

彼は大リーグの人気回復にも絶大な功績があると言われています。
 デビューした1995年にはオールスターに選出され、
先発投手の大役を務めました。

 

この年、彼は13勝を挙げて新人王と奪三振王に輝きます。
そもそも日本人選手がアメリカでタイトルを獲れるなんて、
誰も思っていなかったような時代です。

 

2013年にダルビッシュ投手が奪三振王になりましたが、
それよりも18年も前にタイトルを獲った日本人投手がいたというのは驚くべきことです。
1996年4月13日にはメジャー自己最多となる17奪三振を奪って
完投勝利を挙げましたし、9月17日には、
打者有利と言われるクアーズフィールドで自身一度目
のノーヒットノーランを達成します。

 

レッドソックスに移籍した2001年4月4日には二度目のノーヒットノーラン達成。
両リーグで達成したのは史上4人目の快挙でした。
新人王、二度の奪三振王、オールスターでの先発、
二度のノーヒットノーラン達成。メジャーでこれだけ輝かしい
成績を収めた彼ですが、
残念ながら、メジャーの殿堂入りは叶いませんでした。

 

 しかし日本では2014年に名誉の殿堂入りを果たし、
その功績が称えられました。

 

現在では数多くの日本人選手がアメリカで活躍していますが、
全ては野茂投手が残した道があったからこそです。
いつの時代も前例がないことを行なうというのは難しいものです。

 

成功すれば先駆者として称えられますが、失敗すれば世間の笑いものになります。
しかし野茂投手は成功しました。
自らの実力を信じぬく勇気に尊敬の念を禁じえません。
彼のやり遂げたことは、野球というスポーツがある限り永遠に語り継がれるでしょう。